金環食の そのあとで…
         〜789女子高生シリーズ

         *YUN様砂幻様のところで連載されておいでの
          789女子高生設定をお借りしました。
 


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明日は早朝から
太陽と月が織り成す世紀の天文ショーが観られるという日曜の晩。
しかも今週 にぎにぎしくも開場するという
東京スカイツリーの話題も いよいよのクライマックス…と。
色んな微熱が其処にも此処にもいっぱいだった、そんな宵だったのだが。

 「……いや、本当におめでとう。」
 「これでカネミツ師匠からは離れての、立派な独り立ちだねぇ。」
 「何を仰有います。
  数寄屋橋の○○画廊さんを口説き落としてくだすったのは
  せんせえじゃありませんか。」

七郎次の父、日本画家の草野刀月さんは、
繊細な正統派の画風と、
大胆な色使いが斬新な今様の画風を即妙に使い分ける、
技巧派としても知られておいでで。
そのせいか、
様々な流派・画廊に多くの知己もおいでの、
顔の広い、社交的な御仁としても有名で。
何の器用貧乏なだけだの、
時代におもねっているようじゃあ此処までだねだのと、
陰口を言う人もいなくはないが、
日本画というものへ永続的に関心を持っていただくよう、
メディアにも多数露出し、
あれって誰なのという会話からでも、
今時の日本画の世界をライトからコアまで満遍なく、

  ググッていただければ満足と

そういう普及活動にも、
余念なく働きかけておいでなものだから。
言っちゃあ何だが、
そんな彼を利用したいとするクチの縁者・信者も結構多い。

 “M川せんせえにしたって、
  微妙に父様の威光をいつも頼っておいでだし。”

今日本日の宴の主役、▽▽科展にて特賞をとられた若手の画家のため、
彼を応援してきた ほにゃらら画廊の主人や画家仲間の皆様、
芸能人でありながらご自身も海外の展覧会で賞をとっておいでの、
俳優画家の誰それさんなどが集まって、華々しく設けられたお祝いの宴。
Q街の顔でもある某有名ホテルの最上階の大広間にて、
立食パーティーという形を取ったせいと、
芸能人も多数来場とあって、
そっちの畑の取材陣がうろうろしてもいる賑やかさであり。
かくいう七郎次もまた、そんな宴を彩るお華の一輪。
画家仲間の皆様が、どうしてもお顔を見たいと仰せだったそうなのでと。
お呼ばれした側でありつつも、お愛想を振り撒いてもおいでの身。

 『殊に△△せんせえが、
  末期の頼み、後生だからなんて大仰に仰せなもんだから。』
 『…本当に大仰ですよね、それ。』

確かに高齢の大師匠だが、
七郎次とさして変わらない年頃の、
愛人だか話相手だかをいつも侍らせておいでの、
軒高闊達なお人のはずで。

 “……まあ、予定があった訳でなし。”

大人たちに要らない恥をかかせることもなかろうと、
父に連れられ、
場慣れした営業スマイルを振り撒く係を、
請け負うことと相成って。
いくらレセプションだとはいえ、豪奢に着飾るのは当人からして好かぬこと。
とはいえ、せっかくの瑞々しい存在が、
地味に納まり返ってしまっては興ざめを誘いかねないからと。
ひらひらとした印象が華やかな、
デザイナーズブランドのカクテルドレス風ワンピースをまとっておいで。
細い首には黒サテンのチョーカー風リボンを結び、
ワンポイントに淡水色のアクアマリンのペンダントトップを提げることで、
その下に光を飲んだような深みのある白さの肌を際立たせ。
ワンピースの方も、さほどに華美ではないながら、
青や緑基調の様々な色彩が散らばるプリント柄の胸元、
ドレープのところどころを
スワロフスキーのボタンやビーズで綺羅らかに飾ってあって。
あまりにシックにまとめぬことで、
まだまだ十代の幼さを滲ませておいたのは、
他ならぬ父上のささやかな希望を、
衣装選び担当だった母上がきちんと酌んで差し上げたから。
それでなくとも、
最近とみに大人びて来たとお父上自身が感じ取っておいでの愛娘。
こんな場へ連れ出したのは自分だし、
自慢の娘だ、褒められれば悪い気はしない…とはいえ、

 『おシチちゃんを描きたいなら、
  お嫁さんにしなけりゃあ無理だろうね。』

刀月せんせえの『童女戲円窓図』とか、
最近では『雪見傘の少女』とか。
清楚な少女ものでのああまでの傑作はそうは描けぬと、
七郎次がモデルを務めた 話題の作品を持ち上げられるたび、
伊達で通っておいでの男前の壮年様が、
何とも言えぬ微妙なお顔になるのは、
当のお嬢さんまでもが知るほどの事実であり。

 “だったら、箱入りですのでと断って、
  こういう場には連れ出さにゃあいいのにね。”

そういう使い分けが仕切れない不器用さが、
身内にしてみりゃあ歯痒いやら可愛いやら。(苦笑)

 “…といってもねぇ。”

資産家に大企業の役員にと、
様々な業界の有名人を相手に愛想を振っていたのだが。
そもそも父の個展だの慰労会だのではない集まり、
知ったお顔ばかりじゃああるが、
お付き合いとなると…それほどまで深くもない人ばかりなものだから。
そんな場に2時間強も居ると、はっきり言って飽きても来る。
作り笑いばかり浮かべているお顔も引きつりかねない疲労度で。
もうそろそろ九時を回り、
本来の門限の時間(要 家族同伴)でもあるだけに、
他はともかく父上へは立派な理由になろうからと、

 「父様、私そろそろ帰ります。」

某財団の主管様へのご挨拶を笑顔で送ったその身を起こしがてら、
隣りに立つ父上へだけ聞こえるように、
その旨を伝えれば、

 「そうさな、もう遅い時間だし。」

そこへまずあっさりと納得するお父様なのが、
この際は嬉しいとばかり、心の中でVサインしつつ、

 「タクシーを呼びなさい。そこいらで拾うんじゃあないぞ?」
 「は〜い。」

やや不思議な会話を交わしてから、
今宵一番麗しい微笑を周囲の皆様へ贈りつつ、
歓談はまだまだたけなわな、
きらびやかな広間をそりゃあ速やかに辞去したお嬢様。
こちらの世界でのお友達、
気の合うお姉様やおじさまたちという顔触れもいなくはなかったが、
そういうお人たちはお人たちで、
ここまでの人出がある場では、交流に勤しまねばならぬだろう。
という訳で、特に未練もないまま、
主催の身内ならこその特権として、
専用控室として取っていただいたお部屋にて。
そちらはシンプルなデザインのスプリングコートを羽織り直し、
ポーチタイプのパーティーバッグを、
も少し大きいトートバッグへほうり込むと。
さあさ帰ろうとの意気揚々、
広間とは逆方向、エレベーターホールへ向かったものの。

 “………んん?”

日曜の九時といや、遊び盛りにはまだまだ宵の口。
隣りの棟の屋上にある、カクテルラウンジへ向かう人の波も、
なかなか絶えるようではなく。
そっちの棟のエレベータは、外壁に覆われないタイプのゴンドラ型なので、
眺望や夜景を眺めながらの昇降が売りじゃああるが、
同時に、乗っている人の姿がこちらの棟の大窓から見ることも出来る。
身を寄せあっている見るからにカップルが何組かいる狭間に、
なかなか巧妙に身を隠しておいでながら、
意外な角度に当たろう、こんな外側からかは素通しな位置に、
見覚えのあるお顔が紛れ込んでいるのを確かに見かけて。

 “……ちょっとくらい、いいよねぇvv”

お父様には帰ると言ったものの、
見かけたその人は“ああ こんなとこにいた”とだけで済ますには惜しい、
微妙なご縁のある人だから。
誰へというでもない言い訳をぽつりと零すと、
待っていた降りるためのゲージを見切って
背中を向けたおシチちゃんだったのは……。






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